乗蓮寺の歴史

乗蓮寺の創建は文禄3年(西暦1594年)、当時袖ケ浦周辺を治めていた城主・笠原伊予守氏光(かさはらいよのかみうじみつ)が、亡くなった父の冥福を祈るために開祖されました。

本蓮社存誉源流上人(ほんれんしゃそんよげんりゅうじょうにん)を開山として創建され、約400年以上法灯を継承しています。 法然上人から伝えられたお念仏のみ教えを長年受け継ぐ浄土宗のお寺です。
※み教え…仏様の教え

時代の流れとともに、少子高齢化、核家族化、非婚の増加など、生活様式は様変わりし、それに伴って葬儀やお墓のスタイルも変わりつつあります。
乗蓮寺はお寺の本質は変えずに、どなたにも身近に感じていただけるお寺を目指しています。


縁むすびの福授観音


縁むすびの福授観音は、通称「いぼ観音」と呼ばれる石造の聖観世音菩薩像です。寛文6年(1666年)10月18日、上総国望陀郡飯富庄台宿村(現在の袖ケ浦町代宿)の女性40人が、現世の平和と来世の善処を祈り、財を寄せ合って造立された、まごころのこもった観音像です。
本多忠相公


本多忠相(ほんだただすけ)公は、慶長4年(1599年)に下総国下篠郷(現在の香取市)で生まれました。徳川四天王の筆頭・酒井忠次の孫、そして本多康俊の次男として家系を継承。大坂の陣両陣で父や兄と共に活躍し、その武勇により元和2年(1616年)に三河国碧海郡西端村(現在の碧南市)に陣屋を構え、1000石の領地を賜りました。
忠相公の活躍はその後も続き、上総国と下総国内で2500石、碧海郡で1500石を加増。さらに、寛永元年(1624年)には下総国香取郡に500石、寛永5年(1628年)と7年(1630年)にも石高が増えました。その結果、寛永9年(1632年)に書院番頭にとなり、翌年には安房国と上総国内で3000石を賜わり、合計8000石の上級旗本に昇進。現在の千葉県の一部を統治することとなりました。
また、寛永15年(1638年)には徳川幕府で初めての検地を実施し、明暦2年(1656年)には留守居役に就任。そして寛文12年(1672年)には長男の忠将に家督を譲り、天和2年(1682年)に84歳で天寿を全うしました。

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